ちまちま日記

都合のいいATM

母の策略にはまった娘。

今回は、なぜ自分がジャニヲタになったかという経緯について書きたいなと思います。
最近、「自分がいつジャニヲタになったか」という興味深いブログを数々拝見し、自分も書きたいという衝動に駆られてしまいました。
なんとも単純な理由です。
今回はKAT-TUNについてですが、ジャニーズWESTについてもまた機会があれば書きたいと思っています。
いつもと同様、なんのまとまりもない文章ですが、見ていただけると幸いです。笑


ジャニヲタになる以前は、ジャニーズの存在すら知らなかった。というか、テレビ自体そんなに見ていなかった。テレビなんてゲームをするだけのものだと思っていた。そこに突如、わたしの母親又の名をジャニヲタの先輩が、わたしにKAT-TUNが出演している番組を見せてくれた。
「ほら、これ見てみ。めっちゃかっこええやろ?KAT-TUN言うんやで。」
その当時まだ、ジャニーズの存在すら知らなかったちびっ子が見た、たった数分のパフォーマンス。そのたった数分、その瞬間わたしはジャニヲタの道を歩き始めたのだ。その番組とは、2002年11月22日放送のミュージックステーション。本当に純粋にかっこよかった。
HEARTBREAK CLUBかっこよすぎた。かっこいいしか表現のしようがなかった。ただただテレビを食い入るように、ビデオテープを何回も巻き戻して見た。何回も何回も。
それからは早かった。KAT-TUNが出ている雑誌にテレビ番組にライブ、舞台など。今までビデオの録画方法さえ知らなかったわたしが、ものの数日で録画方法を覚え、見向きもしなかった本屋へと足を運び、初めてのライブに親子で参戦した。好きなものへの熱量、フットワークの軽さに驚きを隠せなかった。
もともと洋服やティーン雑誌等に興味すらもたなかったので、お小遣いやお年玉はすべて彼らに会うために、彼らのために費やした。ジャニーズへの熱はすぐ冷めるだろうと心のどこかで推測していたが、その熱は冷めることなく今もなお続いている。いや、日々増え続けているのだ。
そして、ジャニヲタとしての英才教育を受け続け立派なヲタクへと化したわたしは、地元関西だけにとどまらず、地方各地へと現場に足を運んでいる。もちろん母も一緒に。
ジャニヲタになって数年後、娘のわたしをジャニヲタにした理由を母に聞いてみた。
___1人でライブよう行かんもん__
返ってきた答えは単純だった。若い女の子の中に1人で入ることに少しばかり抵抗があった。だから娘をジャニヲタにして、2人で入れば他人の目は気にならない。そして見事その策略にわたしははまってしまったのだ。悔しいが、はまってよかった。
その輪はとどまることを知らず、自分の姉、姉の娘をも虜に、ついには自分の母親(わたしからすれば祖母にあたる)までジャニヲタにしてしまったのだ。母、恐るべし。
今では5人でジャニヲタトークをするまでになった。楽しい、とても楽しい。

このように、わたしは母からの英才教育を受けジャニーズを知り、ジャニーズを日々応援し続けている。
たぶんこれからもずっと。